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kankoku1崔洋国(チェ・ヤング) [飲食コンサルタント・韓国]

1973年生まれ。在日韓国人青年が民族性を身につけるための活動、プロ野球選手の通訳、大手商社勤務などさまざまな職に携わったのち、2006年独立。有限会社グローマーリンクスを立ち上げる。2008年3月、東京・新橋にて江戸文化と韓国料理の融合店「江戸牛焼 甘楽屋(からや)」を開店。飲食業を通じた世界進出を図る。

崔洋国(チェ・ヤング) [飲食コンサルタント・韓国]

東京・新橋のオフィス街の一角に位置しながら、店内の天井には格子、壁には水彩画が飾られる「江戸牛焼 甘楽屋」。まるで日本家屋のような雰囲気が漂う空間で味わう韓国料理は、訪れる人にどのような顔を見せてくれるのだろう。日本文化と韓国料理の融合にかける想いを、店主・崔洋国さんに伺った。

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机を囲んでご飯を食べたとき
調和を重んじる日本文化を学んだ

 「このお酒はね、日韓の文化交流から生まれたお酒なんです」
 そう言って崔洋国さんが目の前に出してくれたのは、幻のマッコリと呼ばれる『春玉の白』。これはもともと神奈川県在住の在日2世・白春玉さんが自家製で作っていた禁制の密造酒だ。警察の検査が入るたびにそれを川に捨てていた父親の姿を見るうち、いつかはそれを世の中に出したいと考えていた白さんは、2000年夏にこのマッコリを福島県の末廣酒造に持ち込み、商品化に至ったという誕生秘話がある。
『春玉の白』が日韓文化交流から生まれたことを知った崔さんは、末廣酒造まで直接足を運んで杜氏(とうじ:日本酒の醸造を行う責任者)へ直談判したところ意気投合。『春玉の白』だけでなく、甘楽屋の揃える日本酒はすべて、同酒造から直送することとなった。
「『春玉の白』が作られた経緯を知って、どうしてもこれをお店で出したかったんです。在日韓国人の歴史を物語っているようでね」
 崔さんが進学した高校は、生徒の半分は帰国子女という都内のインターナショナルスクール。日本文化を目の当たりにしたのはこの高校時代だそうだ。
「文化というほど大げさなものじゃないですけどね。ご飯を食べるとき、だれかが頼んだものが先に来たらみんなの注文が揃うまで待ちますよね? もし先に食べるにしてもひと言添えるじゃないですか。学食でそれを目にするまでそんなこと考えたことなかった。麺がのびるのもいやですしね(笑)。調和を重んじるこの姿勢は見習うべきだなあと思ったのを覚えています」

 

kankoku3自筆の小説をベースに「甘楽屋」を立ち上げた

 2006年に独立、有限会社グローマーリンクスを立ち上げた崔さん。「もともとサラリーマンを長くやるつもりはなかった」と笑うが、10年におよぶ社会人経験はいまも活きている。
「やっぱり“人”なんですよ。そしてヒューマンネットワークを際限なく広げるのに、もっとも適したビジネスは飲食業だと思ってます。この会社で具現したかったのは『食を通じて世界中を幸せにする』という想いです。ここでやっと甘楽屋というひとつの形を作ることができて、目標に一歩近づけたかな」
 ここで「江戸牛焼 甘楽屋」について説明しよう。このお店は小説をベースにした少々変り種のお店だ。
 豊臣秀吉による朝鮮出兵によっていち時期断絶されていた日朝間の交流だが、17世紀初頭から友好使節が頻繁に行き来するようになっていた。その使節である朝鮮通信使を通して、両国は学問、技術、歴史を理解していく中のひとつに“食文化”があった。
 甘楽屋はその朝鮮通信使に参加していた朝鮮人の李海澤(イ・ヘテク)が江戸の文化、そこに住む人々に惚れ込み、ついには祖国の地を再び踏むことなく東京(江戸)の新橋でお店を開いた、という設定となっている。上記の小説は甘楽屋のウェブサイトから読むことができるので興味があれば是非ご一読あれ。
「昔から時代劇が好きだったんですが、あるとき『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)を読んで気づいたんです。『韓国や朝鮮の歴史は知っていても、江戸時代の日本って実際はどんな国だったんだろう』って」
 調べ始めたところ、朝鮮通信使が行き来していた時代は本当に平和な時間が流れていたということがわかる。そこで崔さんは、食を通じて世界平和に貢献するのであれば、過去の平和な時代の象徴として、朝鮮通信使にクローズアップした小説を書き、それをベースにした店舗を立ち上げようと決意したことから、甘楽屋の構想が生まれたのだ。


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日本と韓国の融合文化を世界中に発信し続けます

 今後の崔さんの目標を聞いたところ、明快な答えが返ってきた。
「来年はソウル、再来年には北京と上海、2020年までに世界主要都市に20店舗を構える予定です。いや、予定じゃないですね。絶対実現させますよ」
 幼いころ、夢中になって地球儀を見ながら「世界各国を回りきらないと死ぬに死ねないな」と思ったと笑う崔さん。幼い頃の思いを叶える以外にも、世界進出を目論むには確固たる理由がある。それが“拠点”づくりだ。
 先にも述べたが、ヒューマンネットワークを作るのに飲食業ほどそれに適したビジネスはない。世界中に店舗を進出させれば、そこでまた新たな人との出会いがある。そして人さえいれば、いかなるビジネスチャンスもそこに待っているというのが崔さんの弁だ。
 数十年経って本人が引退したあとも、理念さえ世界各地に残れば、それに共感する人を介してさらに広まるはず、そのために世界中に“拠点”を築いておきたいのだと語る。この理念を実現させるための具体的なものとして、自社が直営する飲食店でお客様から頂くチップを、食糧支援NPOに寄付するスキームを構想中だ。
「文化を探求しながら、ひとつの形に落とし込んでいく過程が楽しい。自分のとってそれを実現するフィールドが飲食業だったということです。日本の文化も韓国文化も大好き。いえ、好きというより気づけばそのどちらもが自分の中にありましたからね、僕にしかできないことをやっている自負があります」

TEXT:筒井健二(KENJI TSUTSUI) PHOTO:三川ゆき江(YUKIE MIKAWA)

●「江戸牛焼 甘楽屋(からや)」:http://www.karaya.jp/
●有限会社グローマーリンクス:http://www.glomarlinks.com/

 
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